About Bigsby

Ted McCarty & Fred Gretsch

Ted McCarty & Fred Gretsch

1999年5月10日、「グレッチ・ギター・カンパニー」の社長であり、私の父でもあるウィリアム・グレッチが生前より非常に親しく家族ぐるみでお付き合いしていたテッド・マッカーティー氏から「ビグスビー・アクセサリーズ」を買収しました。
父とマッカーティー氏はシカゴ時代からの友人で、私が子供の頃に洗礼を受けた時にも出席してくださったほどです。

1999年10月、60年以上の長きにわたって成功したキャリアの後、マッカーティー氏は音楽業界から引退されました。

そして2001年4月1日、残念な事にマッカーティー氏は91年の生涯を終えられました。亡くなられる前の1999年上旬に「ビグスビー・アクセサリー」の買収に関する案内を出された際に、マッカーティー氏からは次のコメントも一緒に発表されました。

「フレッド(現グレッチ社長)は、正にビグスビーを引き継ぐに相応しい人であります。1966年にポール・ビグスビーが会社を売りたがっていた時、彼は私を訪ねてきました。私はビグスビー・アクセサリーズを売り、引退を考えた時、グレッチ・ギターズにアプローチしました。それは全く自然な展開でありました。」

Ted McCarty

Ted McCarty

グレッチ・ギターズには、45年以上にわたってビグスビー・ヴィブラート・テールピースを使用してきました。
グレッチとビグスビーはいつも一緒でしたが、今では一つの会社ともなっています。

現在においても、半世紀近く昔に、創設者のポール・ビグスビー氏が編み出したものと同じハンド・アッセンブルで、ヴィンテージ・スタイルのビグスビー・ヴィブラートとブリッジを製作し続けています。
現行ラインナップでは、6タイプのハンド・アッセンブルのヴィブラート・モデルをご用意しています。

これらのテールピースは、フェンダーをはじめ、多くのブランドのギターに搭載されています。

さらにオリジナル・ハンド・メイド・ビグスビーに加え、“ビグスビー・ライセンス・モデル”も用意されています。
ビグスビー・ライセンスド・ヴィブラートには、ハンド・メイド・モデルと同じデザインを使用し、スムースなメタル・ダイキャスト・バージョンとして4タイプをご用意しています。

また将来的には、時代を築き上げてきたビグスビー・ブランド名で新たな商品が誕生する事でしょう。

Ted McCarty Interview

1999年6月8日にフレッド・グレッチの妹のグレッチェンは、テッド・マッカーティーにインタビューを行いました。
ちょうどテッドが、ビグスビーのビジネスの権利をフレッドに売却した直後のことです。テッドは、グレッチェンにこう答えています。

「私がギブソンの社長になれたのは、あなたのお父さんのおかげだよ。」

1948年初期、テッド・マッカーティーは、鍵盤楽器メーカーのウーリッツァーの仕事を離れることを決め、既に菓子メーカーの面接に受けて、その結果を待っていました。それから少し経ったある日、菓子メーカーの担当者から募集人員を2人まで下げるという連絡が入ったのです。

テッドとビル・グレッチは、シカゴでの音楽ビジネスシーンからの古い知己で、仲の良い友人同士でありました。彼らの会社は、共にシカゴにあり頻繁にレストランで、ランチやお酒を共にしていました。
テッドがウーリッツァーでの仕事を辞めることを考えていた頃、ギブソン社を買収したシカゴ・ミュージック・インストゥルメント社(CMI)のトップは、モーリス・バーリンでした。

あなたのお父さんは、ギブソンがギター製作に関する問題を抱えていることを知っていて、私に、「モーリス・バーリンは君のことを知っているよ。なぁテッド、連絡してみたらどうかな?」って提案してくれたんだよ。
その当時、私は菓子メーカーからの最終通知を待っているところでね・・・音楽ビジネスに戻りたいとは考えていなかったね。
するとビルが、自分からモーリスに電話をして、私がそこへ行くことを決めてしまった。そして、会社に足を運んだ私に、モーリスは「もし君がギブソンの工場のあるカラマズーへ赴き、私たちが今抱えている問題を解決して、利益を上げてここへ戻ってくることができたのなら、君をギブソンの社長に任命するよ。」って話をされてね・・・

テッドは、その時のことをこのように話しています。

「私は、音楽ビジネスに未練はないって思っていたんだがね、私の妻のエレノアはウィネットカにある家に愛着を持っていた。
そして、彼女は私にこう問いかけたんだよ。“本当は、この仕事をやってみたいんじゃないの?”と
1948年の3月に、私はカラマズーに赴き、5月には問題を解決し利益を上げられるようになりました。
これがあなたのお父さんのおかげでギブソンの社長に慣れた経緯だよ。」