Company History

“I can build anything.”-“俺は何だって作れる”

Paul Bigsby

Paul Bigsby

こう言い残してPaul Adelburt Bigsby氏は、モーターサイクルの製作から楽器作りに転向しました。

1940年代、Paul Adelburt Bigsby氏は、Albert Crocker氏がオーナーを勤める有名なロサンゼルスのオートバイマシン・ショップ「Crocker Motorcycle Company」の熟練クラフトマンでした。
オートバイとウェスタン・ミュージックに興味を持っていたポールは、Merle Travis氏にコンタクトすることになります。
オートバイと音楽をこよなく愛する2人は、その後非常に親しい仲となりました。

Marleは、当時Bigsby氏曰く「チューニングが安定しない“Kaufmanヴィブラート”」を搭載したGibson L-10をPaul Bigsby氏のところに持ってきました。
Marleが「このヴィブラートを直してくれないか?」との問いに、「何でも直せますよ!」と答えました。
Paulは「Kaufmanヴィブラート」の欠点を見て、またMerleの提案もあってパーフェクトに機能する全く新しいメカニズムを取り入れてデザインすることに行き着きました。このデバイスが後のスタンダードとなり、世界中殆どのギター・メイカーが搭載することとなるヴィブラートとなり、現在までに至っているものです。

1946年のある日に、MerleとPaul Bigsby氏はランチを一緒にとっている時のことでした。
アニメの才芸の持ち主であるMerleは、「パサディナ・ラジオ・ステーション」の番組表に新しいギターのアイディアを描き始め、それをPaulに手渡しました。
「Paul、こんなギター作れるかい?」と尋ねたMerleに、「何でも作れますよ!」と答えたPaulでした。事実、彼はやってのけたのでした。
その図面の6連マシン・ヘッド搭載したソリッド・ボディー・エレキ・ギターは翌年製作し、その後Merleがレコーディングやラジオなどの公演で使用しています。
このギターは多くの人の注目を浴び、多くのプレイヤーやビルダー達にも一目おかれるギターの存在となりました。

Bigsby original headstock design

Bigsby original headstock design

このコンパクト・サイズのギターがサウンドとルックスと共に変化を与えていきました。
Billy Byrd、Butterball Paige、Grady Martinなどのギタリストたちからこのモデルのオーダーを受け、その後Paulはカリフォルニア州ダウニー市フレイクス通りにある彼の自宅横に小さなワークショップを構えました。

その同じ年、地元の伝説的スティール・ギタリストであるJoaquin MurpheyがPaulにスティール・ギターの製作を依頼しました。
Paulは特有の「何でも作れるさ」的乗りの良さから、早速今までに無い最高のスティール・ギター製作をし始めました。
完成後、1947年にJoaquinにギターを届けました。 次に名実負けずとも劣らぬ地元のスティール・ギタリストのSpeedy Westがスティール・ギターの製作を依頼しました。
しかもペダル付きのスティール・ギターでした。1948年2月8日、2本目となるスティール・ギターが完成しました。これは4つのペダルを持つトリプル・ネック仕様でした。

スティール・ギターの話やそのサウンドが一人歩きしはじめ、多くのプレイヤー達が欲しがるギターとなりました。
Webb Perceの曲 “Slowly”の冒頭部でペダル付きBigsbyギターをBud Isaacsがプレイした時には、殆どのスティール・ギター・プレイヤーが「絶対に手に入れなければならないギター」と思っていたようです。

Bigsby Vibratos Circa 1962

Bigsby Vibratos Circa 1962

「Bigsbyインストルメンツ」はカスタム・ベースでの製作を行っていた為、オーダーや納期を保つ事が出来ず、納期2年以上待ちのバックオーダーとまでなってしまいました。
納期遅れとなった理由は、殆どのパーツをPaul自身で作っていて、(例えばピックアップにしても自分でワイヤーを巻いたりしていた)徹底してのハンドメイド製作の方針の為でした。
Paulのギター製作は「月産1本」という生産状況を数年続けるというペースでした。
その後、会社はBigsbyヴィブラートの生産を重点的に進めるようになり、彼の楽器作りが次第に少なくなっていき、1965年には、体調を崩してしまい彼は「会社を売りたい」と考えるようになりました。

そして古くからの仲間であり、またGibson社を引退したTed McCartyに話をしました。Tedは1966年1月1日をもって、Bigsbyブランド・ネームとすべての在庫を買い取りました。
その後1968年にPaulは他界しました。
さらに1999年5月10日に、Gretsch Guitar CompanyがBigsby Accessories社をTed McCarty氏から買い取りました。

長く楽器を販売し続けるギター・メイカーとは異なり、Paul Bigsbyに関する資料や記録があまり残っていません。
Paulがその生涯何本のギターを製作したのでしょうか?
15年間に渡るリサーチの結果、47本のスティール・ギター、6本のスタンダード・ギター、1本のテナー・ギター、2本のダブル・ネック・ギター、2本のマンドリン、6本の交換用ネックが存在した事が確認できました。
その他には、ベッドの下やクローゼットの奥に眠っているギターの発見を待つしかありません。

現在Bigsbyインストルメンツは、希少価値の高いコレクター・アイテムとなっています。